死ぬ前には誰も「幸せ」かどうかは分からない、ということ
夏休みのレポートより。
アーレント「人間の条件」から:
「『死ぬ前にはだれも幸福(エウダイモン)であるとは言われない』という古代人の言葉は、2500年も使いフルされてきたために、そのもともとの意味を訊ねることはもうできない」
「ダイモン」とはなにか。
「これはちょうど、ギリシア宗教のダイモン(daimon)の如きものである。ダイモンは、一人一人の人間に一生ずっととりついて、いつも背後からその人の肩を眺め、従ってその人が出会う人にだけ見えるのである」
人は自らを暴露する。しかし人は自分が何であるかも知らない、自分が何を暴露するのかも知らない。自分がなんであるのか、暴露する「who」について予測することはできない。
すべては終了後に明らかになる。ある人のダイモンを語る=エウダイモンであったかどうか?──という問いは、故人について物語ることで答えをえる。
「『だれ?』という問いに答えることは、ハンナ・アーレントが力を込めてそう言ったように、人生物語を物語ることである」(リクール「時間と物語」)
「物語」はここにある。

